Connecting the Dots

米国証券法、デリバティブ、香港証券市場について学んだことを書いていきます。当ブログは法的アドバイスを提供するものではありません。ブログ中の意見にわたる部分は個人的見解であり、私が所属する事務所の見解を述べるものではありません。

日本版スチュワードシップコードの導入について

平成25年8月6日から金融庁において、「日本版スチュワードシップ・コード」の導入について検討が開始されています。スチュワードシップといっても、聞き慣れない言葉で、私自身すんなり頭に入ってこず、Googleで調べようと際に「スチュワーデス」・コードと入力して調べていました。

スチュワードシップ・コードは、元々は英国で生まれたルールで、要は信託銀行、投資信託、年金基金などの機関投資家がどのように行動すべきかを定めたルールです。スチュワードシップ(Stewardship)という用語は、もともとは「財産を管理する人」という意味です。信託銀行や投資信託などの機関投資家は、基本的には個人からお金を集めて、その財産を管理するところに役割があるので、スチュワードシップという意味の範疇に入ってくるようです。ただ、個人的に、スチュワードシップという言葉が自動的にスチュワーデスに自動変換されてしまいそうなので、機関投資家向けルールという用語を使わせてもらいます。

1 なぜ、機関投資家向けルールを作ろうとしているのか?

今回のルール作りの一番の肝は、機関投資家と会社との間で「話し合い」を行おうという点にあります。滝川クリステル風にいうと、「は・な・し・あ・い、はなしあい」です。この「話し会い」のことをエンゲージメントと言ったりします。

この「話し会い」を行うことの何が良いのかというと、株主である機関投資家にとってみれば、会社側がイカガワシイ行為をしようとした時に事前に説得できる可能性があります。たとえば、収益を会社に内部留保して株主に配当しないとか、どこの馬の骨ともわからないような人を取締役を選任するとか会社側が言ってきたときに、それはちょっと待ってくれと言うようなことができるわけです。「話し合い」を通して、会社が機関投資家のアドバイスを取り入れることによって、より素晴らしい会社になれるチャンスが広がるということです。また、会社側にしてみれば、一見納得されかねない取締役の選任や投資活動などについて株主を説得できるチャンスになります。

2 「もの言う株主」から「話し合い」へ

昔は、株主というのは、株式に投資はするけど、会社の経営にはそれほど口をださず、会社との関わりは年1回の株主総会決議ぐらいで、そこでも会社が何やっているかよくわからんけど承認しておこうということが多かったと思われます。会社としては、誰も口出さないんだから、株主のことはおいといて好き勝手できた。それが2000年に入り村上ファンドなどのような「もの言う株主」がでてきました。それが果して「話し合い」と言えたのかどうかは別として、少なくとも株主も会社のことをキチンと見張ってるという立場を示すことによって、会社のイカガワシイ行為を抑止する力になりえたという側面はあるのかもしれません。

そして、現在は一方的に「ものを言う」という段階から「話し合い」のステージに来ています。このような「話し合い」が現在なされていないかというと、そうではありません。信託銀行や投資信託などでは、投資選定先の会社とのミーティングを行ったり、電話での問い合わせなどを行っており、すでにこのような「話し合い」活動は広がりつつあります。

機関投資家向けのルールの策定において、注意しなければならないことは、あまりにルールを厳しくしすぎて、この現在広がりつつある「話し合い」の精神の芽をつまないようにすることです。その意味でも、英国においてスチュワードシップ・コードがComply or Explainという形での自主ルールである点は、日本においても見習うべき点かと思います。

3 「話し会い」の法的問題

「話し会い」を行うことについては大きく2つ問題があります。1点目はインサイダー取引の問題、2点目は大量保有報告における問題です。

①インサイダー取引の可能性

「話し会い」を行うことの最初の問題は、会社と機関投資家の話し合いの場で、会社側が未公表の重要事実を機関投資家に伝えてしまい、インサイダー取引を誘発してしまう可能性がある点です。これは、会社と株主の距離を近づければ近づけるだけ、不可避的に生じてします問題です。

では、インサイダー取引を防止するためにどのように対処すべきでしょうか。まずインサイダー取引で押さえておくべき点は、2013年のインサイダー取引改正によって、会社がインサイダー取引を行わせる意図で情報を開示した場合には、その情報伝達行為についても処罰の対象となりました。したがって、会社と機関投資家が結託した「真っ黒な」インサイダー取引というのは抑制されることになります。一方で、会社側が「誤って」未公表の重要情報を伝えてしまった場合は、会社側は特段インサイダー取引で処罰されることはありません。

会社のミスで情報を伝えてしまった場合は、情報の受け手の機関投資家側がインサイダー取引にひっかからないように適切に行動する必要があります。具体的には当該会社の取引はひとまずストップしたうえで、会社に当該情報を速やかに公表することを求めることになると思います。

②大量保有報告書の問題

(1)集団的な「話し合い」をすると共同保有者になってしまう?

英国のスチュワードシップ・コードでは、話し合いはある機関投資家が単独で行うのではなく、数名の機関投資家があつまってみんなで「話し合い」をしましょうということを勧めています。みんなで話し合うことを、集団的エンゲージメントと言います。みんなで「話し合い」を行うことのメリットは、いろいろあると思います。特定の投資家だけが話し合いをもつのは株主平等的にも好ましくないでしょうし、監視の目があるので、特定の投資家と会社が結びつきインサイダー取引が行われるようなことを防止できるかもしれません。

ただ、株主同士が議決権行使などで合意をしてしまうと、大量保有報告ルールにおいて「実質的共同保有者」として扱われる可能性がでてきます。単に話し合いや自身の議決権の行使方針を伝えるだけでは、共同保有者としては扱われないのでしょうが、集団的な話し合いの場で、それを超えて議決権の行使の合意がなされないように機関投資家としては気をつける必要がでてきます。

(2)積極的に経営に口出すと、簡易な報告制度が利用できない?

経営に口を出さず日常の営業活動として株の売買を行っている機関投資家は、金商法上、報告義務について特例が認められています。すなわち普通の株主は、5%を超えたり1%の増減があった場合には、5営業日以内に大量保有報告をする必要があります。一方で、経営に口を出さない(重要提案行為を行わない)機関投資家は、1か月に2回報告で済ませることが可能です。

機関投資家としてはできるだけ大量保有報告の事務コストを減らしたいので、特例報告を利用したいという思いがあります。一方で、会社に口を出しすぎると、特例報告は利用できないという関係にあります。また、重要提案行為に当たるか否かというのはケースバイケースで解釈されており、その判断は微妙なところがあります。「少しおせっかいな機関投資家」と「もの言う株主」の区分けというのはとても難しいと思われます。