Connecting the Dots

米国証券法、デリバティブ、香港証券市場について学んだことを書いていきます。当ブログは法的アドバイスを提供するものではありません。ブログ中の意見にわたる部分は個人的見解であり、私が所属する事務所の見解を述べるものではありません。

サムライ債デフォルトから個人投資家を守れ

大分昔の話ですが、アルゼンチンが2001年にデフォルト宣言したのを覚えていますでしょうか。当時、アルゼンチンは日本の投資家に向けてサムライ債を発行していました。日本のサムライ債投資家は、アルゼンチンが「お金は2割程度しか返さないよ」と言ってきて、納得でいないけど、国相手にけんか売るのはちょっとコストもかかるしということで訴訟提起をためらっていました。

そこで、サムライ債で債権管理会社として入っていた金融のプロである銀行団が、個人投資家のために立ち上がり、アルゼンチンに「貸した金かえせよ」と訴えを提起しました。弱者のために立ち上がる銀行団というと、なんかかっこいいですね。本当の訴えの提起の理由は、別のところにあるかもしれませんが。。

 

その判決が、平成25年1月28日に東京地裁で下されました。結果は、銀行団の負け。却下判決なので中身に入ることのない門前払いです。ちなみに詳細は、判例時報の平成25年8月21日版で判決を読むことができますが、私なりに以下のとおり検討してみました。

 

1 債権管理会社が発行体を訴えるのは利益相反?

事案は、アルゼンチンがサムライ債を発行していたところデフォルト宣言をしたため、債券管理会社である三菱東京UFJ銀行などがアルゼンチンを相手に債券の回収を求めたというものです。

 

裁判では当事者適格以外にも、国家主権免除、強行法規の特別連結、消滅時効などについても争われていますが、判決では、債権管理会社による任意的訴訟担当は認められず、当事者適格がないとして、他の論点については検討せず訴えを却下しています。ちなみに、現在、控訴中です。

 

発行体であるアルゼンチンと債券管理会社が締結している債券管理委託契約においては、「債券管理会社は、発行体に対して、債券者を代表して訴えを提起することができる」みたいなことが規定されており、債券の回収についての訴訟追行権を債権管理会社に授与しています。ちなみに債券保有者はこの契約の当事者ではありません。このような契約は、債券管理会社が債券者のために訴訟を追行するという内容なので、民法的には第三者のためにする契約として位置づけられます。そして、裁判所も、本件における訴訟追行権授与の条項は「第三者のためにする契約」であることは認めています。

 

では、なぜ東京地裁は任意的訴訟担当を認めなかったのでしょか。そこには2つの大きな問題があります。それは「受益の意思表示」の問題と、「利益相反」の問題です。

 

①受益の意思表示の問題

第三者のためにする契約が有効に認められる当該第三者の受益の意思表示が必要とされています。そこで本件の第三者とは誰だということですが、原告である債券管理会社は、「引受会社が受益の意思表示をしており、その効果が最終的な債券保有者にまで引き継がれる」と主張しました。しかし、裁判所は、引受会社は明確な受益の意思表示をしているとまで言えず、また、仮に引受会社が受益の意思表示をしているとしても、かかる受益の意思表示が譲受人である債券保有者に移転されるということはできないとしています。

 原告の主張を読みながら、ちょっと第三者の受益の意思表示が曖昧だなーと思っていたので、裁判所の判断には納得です。

 

○どうやったら受益の意思表示が明確になるの??

仮に、引受会社から、訴訟追行についての受益の意思表示の書面が別途作成されていたらどうなったでしょうか。そうであったとしても、おそらく受益の意思表示が譲受人に移転するというハードルを越えるのは難しいと思われます。

 

では、仮に、現債券保有者から受益の意思表示を取得したらどうでしょうか。現実的に全部の現債券保有者から受益の意思表示を取得することは難しいでしょうが、一部の債券保有者からなら明確な受益の意思表示を取得することは可能でしょう。そうすれば、当該受益の意思表示をした債券者の持ち分について、「受益の意思表示」の問題はクリアーできるかもしれません。

 

②利益相反の問題

仮に、①の受益の意思表示の問題が解消できても、次の利益相反の問題が厄介です。この利益相反の問題とは具体的にどういうことでしょうか?私自身、「この利益とこの利益が相反している!」と断言できるだけ、理解しているわけではないですが、本件における利益相反とは次のような状況のことをいうみたいです。

 

 債権管理会社というのは、発行体(アルゼンチン)が債券発行に伴って発生する元本、利息などの支払を、発行体からお金を貰いながら取り扱っています。また、債権管理会社はデフォルト宣言したときも、アルゼンチンのためにお金を貰って、デフォルト債券の処理を行いました。さらには、今回の訴訟費用を管理委託契約に基づき、債権管理会社は発行体に請求しています。そうすると、債券管理会社というのは発行体から雇われているような立場にあり、そのような立場のものが、発行体と利害が相反する債券保有者のために訴訟追行するのは利益が相反しているということのようです。そして、この利益相反の法的な位置づけですが、弁護士も双方代理が禁じられているように、利益相反があるような状況下において、任意的訴訟担当は許容できないということになってくるのだと思います。

 

 確かに、債券管理会社の事務は、発行体も代理して、債券保有者も代理して、という双方代理にも似ているような気もします。しかし、弁護士で禁じられている双方代理というのは同一事件で両当事者を代理するような場合などです。今回は、債権管理会社は確かに過去においては支払など決済事務については発行体のために働いてはいましたが、今回の債券回収という点に関してみれば、債券管理会社は特に発行体を代理しているわけではなく、同一事件において両当事者を代理しているというわけではありません。

 

 しかし、単純な双方代理から派生して、以前に別件でクライアントだった者を相手方にして訴訟を提起する場合には、当該別件で知り得た情報が訴訟において前クライアントに不利になるような場合には、弁護士としては当該訴訟を受任することは利益相反になると考えられています。このような場合に、本件があたるかははっきりとは分かりませんが、本件訴訟の本案についてみると、社債の要項などの解釈が争われる可能性が否定できず、債権管理会社は何らかの形で社債の要項のドラフトの場面に参加していると思われることから、利益相反の可能性があるのは否定できないのではないかと個人的には思います。

 

 ③サムライ債の個人投資家は保護する必要はない??

なお、裁判所は上記2つの問題以外にも、任意的訴訟担当の判例(昭和45年11月11日)の枠組みの中で、任意的訴訟担当を認めるべき合理的必要性が本件において存在するかを検討しています。そこで、裁判所は、個人投資家の訴訟追行する能力について、債券の額面が100万円や1000万円であり、決して少額ではなく、個人での訴訟追行が難しいとまでは言えない、みたいなことを述べていたと思います。

私見ではありますが、100万円や1000万円単位の投資をしているとしても個人が国相手に訴訟を追行するのはやはり、コストの面などで難しい気がするので、この点についての裁判所の判断は、納得しかねます。

 

2 最近のサムライ債はどうなっているの?

今回のサムライ債の判決が何か、現在のサムライ債プラクティスに影響がでてくるでしょうか。個人的には、特に大きな影響はないのかなと思っています。なぜなら、現在の財務、発行、支払代理契約においては、債券管理契約にあったような、訴訟追行権の授与条項などは存在していないからです。

 

EDINETで確認すると、むしろ、「債権管理会社は、社債権者に対しいかなる義務も負わず、また社債権者との間に代理または信託の関係を有しない。」との規定が置かれており、債券管理会社は、中立的に事務を行うため債券者から距離をとっているという印象を受けます。

 ここで問題なのは、債券管理会社が自分は関係ないよーと言っている以上、今後サムライ債において弱い立場にある個人投資家の保護をどうやって図っていくかということです。

 現在その手当としては、集団行動条項というものが社債の要項に置かれています。すなわち、債務の減免や訴訟の追行などの大事なことは、社債権者集会でみんなで集まって、みんなで同じ方向を向いて行動しましょうというものです。大きな相手に対しては、力を合わせて立ち向かおうということです。ただ、多数決でどのように行動するか決まるので、少数派は多数派に従う必要がでてきます。社債権者集会で、みんなで訴訟をするということになれば、現行の選定当事者などの方法を使うことにより、力を合わせて戦えるのである程度は個人投資家の保護にも資すると思われます。

 

ただ、この集団行動条項についてもはっきりと法律のお墨付きがあるわけでなく、訴訟になった場合にどのように運用されるか分からない点があります。例えば、訴訟を提起するとなった場合の訴訟コストの負担ってどうするのでしょうか。また、集会で減免に応じるとの決議がなされた場合、それに反対する社債権者は訴えを提起制限することができるほどに集団行動条項は破壊力があるようなものなのでしょうか。なんかよく分からないことだらけです。。

個人的には、証券訴訟における分野では、日本にはクラスアクションの制度が法的に整備されていないので、個人投資家の保護が十分ではない気がしています。消費者団体訴訟制度のような明確な形でのクラスアクション制度が、証券訴訟の分野においても導入がなされる日はいつかくるでしょうか。