Connecting the Dots

米国証券法、デリバティブ、香港証券市場について学んだことを書いていきます。当ブログは法的アドバイスを提供するものではありません。ブログ中の意見にわたる部分は個人的見解であり、私が所属する事務所の見解を述べるものではありません。

ロンドンの鯨について

20131210日に、FRBなどが銀行の自己勘定取引を制限するボルカールールの最終案を公表したそうですが、業務が忙しくまだ読めていません。

今回は、ボルカールールの最終案公表を受けて改めて、ボルカールールによる規制をより後押しするきっかけとなったとされる「ロンドンの鯨」事件について考えてみたいと思います。

1 ロンドンの鯨事件のあらまし

20124月から10月にかけて、JPモルガンのトレーダーであるイクシル(Bruno Iksilが行ったCDS取引によって同社に62億ドル相当の損失が発生したことが明らかになりました。このイクシルさんの取引手法はとても攻撃的だったことから市場では「ロンドンの鯨」と呼ばれていたそうです。ロンドンの鯨事件とたいそうな名前がついていますが、簡単に言ってしまえば、デリバティブで金融機関が大損こいたといった話にすぎません。事件の経過は下記の通りです。

2005

American Airline の破産申請により二流企業CDS買いポジションから利益を得る一方で、一流企業CDSポジションを売ることで4億ドル利益をあげる。

201112

自己資本必要額を引き下げるためRisk Weighted Assetsを引き下げるよう指示

20121

二流企業CDSポジションの買いを続けるとともに、一流企業CDSポジションの売りポジションをさらに膨らませて、ポートフォリオ全体でも売り越しとなる。

20124

損失発覚

 

事件の詳細についてはこちらでよくまとまっています。

2 問題点

①ヘッジ取引と投機的な取引の区別はできるのか

ロンドンの鯨がなぜ発生したのでしょうか。イクシルが所属していた部署は、JPモルガングループ全体のリスクをマクロ的にヘッジするための部署でした。すなわち、イクシルが所属していた部署自体は、投機的な取引を行うための部署ではなく、会社をマクロ的なリスクから守るというそれなりの大義のある部署だったのです。

事件後もJPモルガンの関係者は、行った取引はあくまでリスクヘッジ取引であり、投機的な取引でなかったと主張したそうです。ただ、ポートフォリオをみる限り、やはりその主張には無理があって、金融関係者からはどうみても投機的取引だろという総ツッコミを受けています。ただ、JPモルガンの主張は無茶苦茶かもしれませんが、その主張にはデリバティブ取引の問題の本質が内在しているのかもしれません。すなわち、何がヘッジ取引なのか何が投機的な取引なのかの区別が難しいということです。

ボルカールールもあくまで投機的な取引を自己勘定で行うことを禁止するだけで、リスクヘッジ取引をすることまで制限はしていません。金融機関にリスクヘッジ取引まで規制してまうことは現在では考えられないわけで、ボルカールールにおいて投機的な取引との線引きがどこにされているかは留意するみておく必要があります。

②デリバティブの時価評価の問題

62億ドルという損失がいきなり計上された要因の一つとしては、イクシルがデリバティブ取引の日々の値洗いを適切に行っていなかった(中値をとっていなかった)ことが指摘されています。勝手に一社員が、数億円規模になるデリバティブ取引の時価評価をいじることができたという環境自体が問題ですよね。

ただ、事件後もデリバティブ規制は進んでおり、デリバティブ取引の時価評価に齟齬がないか当事者間でチェックしあい、取引自体が当局に報告されることになりました。従って、これからは一社員がデリバティブの時価評価をいじるというのは難しくなるのではないでしょうか。

あと個人的に注意しなければいけないと思うのが、JPモルガンが62億ドル損失計上したといっても、現実に62億ドルの金銭を支払ったというわけではないという点です。この62億ドルというのはあくまで小難しい計算式の基づいて将来を予測してデリバティブの価値をだいたいこんなもんだろうと予測した結果にすぎません。CDS取引において、どの会社がつぶれて、どの会社が生き残るかなんて誰にもわからないことで、最終的にどんだけ得するか損するかなんて誰にもわからないのです。数十年後にやっぱり62億ドルも金銭支払う必要なくて、プレミアムだけもらい続けるすごくお得な取引でしたということも十分ありうるわけです。デリバティブ取引の時価なんて結構いいかげんなものなのではないでしょうか・・・。