Connecting the Dots

米国証券法、デリバティブ、香港証券市場について学んだことを書いていきます。当ブログは法的アドバイスを提供するものではありません。ブログ中の意見にわたる部分は個人的見解であり、私が所属する事務所の見解を述べるものではありません。

Inter Affiliate Set Off条項を有効とみとめた事例―東京地裁平成25年5月30日

先日Inter Affiliate Set Off条項について管財人から争われた場合には否認される可能性が高いとの記事を書きましたが、お恥ずかしながら、東京地裁の判決でInter Affiliate Set Off条項の有効性を認める判断が出ました。控訴されていますが、確定した場合には今後のISDA ScheduleDocumentationに大きな影響を与える判決と思われます。

1 事案の概要

①野村證券と野村信託銀行は関係会社であるが、リーマンと通貨デリバティブ取引を行うために、それぞれISDA Master契約をリーマンと締結。野村信託、野村證券がリーマンと締結したISDA Scheduleには、関係会社の債権債務とISDAから生じる債権を相殺するとの三角相殺の規定(いわゆるInter Affiliate Set Off条項)が置かれていました。

②リーマンが破綻したことにより、当該ISDA契約は自動終了し、終了時点での当事者のポジションは、野村信託銀行はリーマンに対して約4億円負けのポジション、一方野村證券は17億円勝ちのポジション。

③野村信託銀行はリーマンに対して、野村信託銀行が負担する4億円を受働債権、野村證券が有する17億円を自働債権として相殺の意思表示をしました。

④リーマンは、相殺は否認の対象になるとして、野村信託を被告として4億円の請求。

野村信託   ← 4億円

                  リーマン

野村證券   → 17億円 

2 各当事者の主張

(1)リーマンの主張

民事再生法は、債務者が危機時期にあることを認識又は手続開始後に債権を取得して相殺することを認めていない。Inter Affiliate Set Off条項に基づき野村信託が相殺に用いた自働債権は、リーマン再生手続開始後に野村證券から野村信託に債権譲渡がなされたものであり、否認の対象となる。

(2)野村信託の主張

Inter Affiliate Set Off条項に基づき野村信託が相殺に用いた自働債権は、債権者の交替による更改に基づき野村信託が取得したものである。仮にそうでなくても、「関係会社」の同意を停止条件として、野村信託に相殺のための債権を取得させるものである。したがって、野村信託は自信固有の債権を取得して本件相殺に供したものであり、「他人の再生債権を取得した」場合に当たらず、野村とリーマンがInter Affiliate Set Off条項に締結した時点で停止条件付債権として発生している。従って、否認の対象にはならない。

3 裁判所の判断

①相殺条項の法的性質

本件相殺条項は、期限前終了事由が発生することと、非期限の利益喪失当事者がその「関係会社」から同意を得ることを停止条件として、自働債権と受働債権の相殺を行う権限を非期限の利益喪失当事者に認めたものと解するのが相当。

更改契約は新旧債権者及び債務者の三者間の合意で成立するところ、本件相殺条項においては当事者の更改意思が明白とは言えない。

②民再法の相殺禁止規定の解釈

再生債務者に対して債務を負担する者が、再生手続開始前時点において、他者の同意を得ることを停止条件として他者の再生債務者に対する債権を相殺に供する権限を認める内容を再生債務者との間で締結しており、その後、再生手続開始後に停止条件が成就して行う相殺は、再生債権者が再生債務者に対して債務を負担している場合と同視できる程度に相殺の合理的期待がある場合には、相殺は禁止されない。

③相殺の合理的期待

「関係会社」も含めて総体的にリスクを管理及び分散することを企図して相殺条項を締結したことは明らか。また、本件相殺条項は取引慣行となっていた。契約締結時も1年以上前であり、危機時期に相殺を目的として濫用的に締結されたものではない。したがって、相殺の合理的な期待は認められる。

4 裁判例の検討

裁判所は、Inter Affiliate Set Off条項の法的性質を、停止条件付債権が野村信託に発生し、条件成就時にその同額が野村證券において消滅するとの契約と位置付けていますが、それは民法上の典型契約である債権譲渡を言い換えたにすぎないと思われます。債権譲渡ではなく、あえて非典型契約として法的性質を決定する根拠がはっきりとしません。停止条件付債権譲渡契約の否認を認めた平成16716日最高裁判例に配慮したためでしょうか。かかる判例で、担保目的による停止条件付き債権譲渡が否認され、本件では相殺が許されるとの結論が、はたして整合的といえるのかも釈然としません。控訴審で結論がひっくり返る可能性も十分あるのではないでしょうか。